インド旅行記 ハンピ・バンガロール編(by ゆきちさん)
【ハンピ】
岩だらけの荒れ果てた
風景が広がる大地に、
遺跡が点々と残された町。
【バンガロール】
デカン高原南西部に位置する
インド有数の大都市。
[WIN98]が発明された場所でもある。
写真【ハンピの丘にて】
◆前後の移動詳細◆
●アンジュナ ⇒|バス|⇒ ナプサ ⇒|バス|⇒ パナジ
(定刻発・所要時間25分+20分)
●パナジ ⇒|バス|⇒ フブリ ⇒|バス|⇒ コパル
(定刻発・所要時間5時間半+3時間半)
●コパル ⇒|乗合ジープ|⇒ ホスペット
(所要時間1時間)
●ホスペット ⇒|オートリキシャ|⇒ ハンピ
(所要時間30分)
【ハンピ(1泊)】
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●ハンピ ⇒|オートリキシャ|⇒ ホスペット
(所要時間30分)
●ホスペット ⇒|バス|⇒ バンガロール
(定刻発・所要時間7時間)
【バンガロール(1泊)】
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●バンガロール ⇒|バス|⇒ プッタパルティ(サイババのアシュラム)
(定刻発・所要時間4時間)
【アシュラム(2泊)】
●プッタパルティ ⇒|バス|⇒ バンガロール
(定刻発・所要時間4時間)
クドイ旅行記はHPから!
⇒
http://www.geocities.jp/yukichie2004/travel/india/vol10.htmlhttp://www.geocities.jp/yukichie2004/travel/india/vol11.html
インド旅行記 デリー編(by ゆきちさん)
◆インド急ぎ足周遊◆
45日間のFIX/OPENチケットにて、
マレーシア経由(クアラルンプール1泊)
にて、デリーIN。
各都市の写真を、分けて掲載していきます。
【デリー】
インドの首都。人口約1000万強。
めちゃめちゃな交通事情と
メインバザールの賑わいに心躍る。
各地へ移動する人々で溢れかえる列車駅。
インドの縮図を垣間見れる町。
表紙【クトゥプ・ミナールにて】
◆周遊ルート詳細◆
デリーIN(2004/JAN/12)
↓
アーグラー
↓
カジュラホ
↓
アウランガバード
↓
ゴア(南部&北部)
↓
ハンピ
↓
バンガロール
(アシュラム@サイババ)
↓
チェンナイ
↓
コルカタ
↓
ブッタガヤ
↓
ヴァラナシ
↓
デリーOUT(2004/JAN/18)
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http://www.geocities.jp/yukichie2004/travel/india/vol2.html
マハーバリプラム(by AGTさん)
チェンナイ発の夕方の飛行機まで時間があったので、車を借りてマハーバリプラムに行ってきました。砂でできた海岸寺院は、いずれ風化してなくなってしまうのかもしれません。
完全版は 「A GLOBETROTTER -同じ青空の下で-」 にて
http://www5a.biglobe.ne.jp/~gustav/globalwalker/
南インド・・・?(マドゥライ ゴープラムの街)(by azianokazeさん)
南インドの旅、2日目はマドゥライ。ミーナークシ寺院の門前町でドラヴィタ文化の中心地です。
この街では日本人はよほど珍しいのか、注目の的でした。
(2年前に登録した旅行記について、画質修正のため写真を再アップロード 2007.7.16)
南インド・・・?(チェンナイ 海岸寺院)(by azianokazeさん)
南インドの旅はチェンナイ(旧マドラス)からスタート。郊外のマハーバリプラムの海岸寺院を訪ねます。それにしてもチェンナイのホテルは暑くてすごい騒音でした。
(2年前に登録した旅行記について、画質修正のため写真を再アップロード 2007.7.14)
オマーン世界遺産の旅-【3日目:海岸の乳香の道を行く〜そして帰国】(by Krisflyerさん)
オマーン最後の日が始まった。
先ずはタカという町に向かう。タカは小さな漁村だが、現国王カブースの父親が建てたタカ城が有る。
次に連れて行ってくれたのはタカの町が一望できる岩崖である。ここからのタカの風景は最高である。汚染の全く無い海、静かな町、小さな家、そのゆったりとした空間がまた最高である。また崖の向こうの方には見張り台に使われたのであろうか、小さい城も有ったりする。
次は世界遺産であるタカ城の次は世界遺産であるフランキンストレイルの一部として登録されているホールルーリ遺跡である。ホールルーリは幹線道路から外れており、結局オフロードを走る事になる。今日もランクルにしておいてよかった。
遺跡を後にした我々は次の目的地であるマールバートへと向かった。マールバートもタカと同じく小さな漁村である。そのマールバートに向かう途中に寄ったのがビン・アリの墓。ビン・アリは実在しない人物であるそうだが、モスクのような建物の中に大きな棺が置かれている。また周辺はムスリムの墓地となっている。本来は異教徒は入れないはずなのだが、門番も誰もおらず、フランス人らしき軍団はイスラム教でいう裸同然の格好(タンクトップに短パン)で堂々と中に入っていった。
さて我々はそのままマールバートの町へと進んだ。この町にも現国王の父が建てたマールバート城なるものが有る。
この後ドライバーさんが連れて行ってくれたのはバールバートの漁港であり、丁度陸揚げされたばかりのサメが並んでい。見渡す限り、サメ、サメ、サメ。この光景もすごい。また漁師達がダウ船の上で何やら楽しそうにおしゃべりしてる。でも滅多に見ない外人だったのであろうか。皆こちらを見てくる。
マールバートを後にした我々は再びサラーラへと戻り、世界遺産フランキンストレイルの他の遺産であるアル・バリードへ向かった。
とりあえずこれで午前の部は終了である。
ホテルで昼食を取った我々は2時に行動を再開する事にした。今度の行き先はサラーラの西部であるムグセイルである。サラーラからムグセイルは約40キロ程度の距離であるが、何分道路がいいもんで、30分程度で付いてしまう。途中で寄ったのがフランキンセンスの木が生えている所。このような所から取り出された乳香はその後、昨日見たシスルを通ってサウジアラビアへ、或いはアルバリードはホールローリの港から世界各国へ輸出されていったのであろう。
実はフランキンストレイルの一部として乳香の木公園も登録されているのだが、その公園のあるワディーダウカはサラーラから山の中へ向かう事になる。しょうがないのでこの地でその雰囲気だけ味わう事にした。
さてサラーラからムグセイルまでは海岸線がずっと続いているのであるが、その海岸線の終わりに有るのがこれまた素晴らしい形をした雄大な岸壁である。
ムグセイルを後にした我々はホテルへと取って返し、シャワーを浴びてチェックアウト。そしてそのまま空港へと向かい、マスカット行きの飛行機に乗り込んだ。何と、その飛行機にはチェンナイからマスカットまで向かう飛行機に常務していたモロッコ人のCAがまた乗っていたのである。当然向こうは私のことを覚えており、すれ違いザマに「サラーラは楽しかったか?」と聞いてきた。
マスカットに着いた我々は再び現地在住のYと合流し、夜のマスカット探索へと繰り出した。既に暗くなっているのであまり良く見えなかったが、マトラスークを散策した後、マトラフォート、ミラニフォートを遠くから眺め、アラムパレスの前を通り、丘の上にあるムムターズマハルなるイタリアレストランへと向かった。
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